11月6日にアメリカ大統領選挙の投票が行われました。その結果、トランプ前大統領が、地滑り的大勝利をおさめました。上下両院も共和党が過半数を押さえ、「トリプル・レッド」を達成。そのため、トランプ次期大統領は、安定した政権運営が見込まれます。これは共和党の確固たる勝利であり、1984年のロナルド・レーガン以来の共和党の最大の勝利と言われています。
なぜ、トランプは大勝し、ハリスは負けたのでしょうか。ハリスの敗因、トランプの勝因など、様々な分析が行われています。
ハリスと彼女の選挙陣営は、ドナルド・トランプ時代におけるほぼ10年にわたる分裂に嫌気がさした穏健派の共和党員や無党派層の有権者を味方につけることで、ホワイトハウスを獲得することを期待していました。しかし、その努力は功を奏しませんでした。また、ハリスは、民主党の主要な支持基盤である黒人、ヒスパニック、若年層の有権者が分裂するのを防ぐこともできませんでした。
1 ハリスの敗因
(1)ハリス陣営及び民主党は、国民が求めていることが分かっていなかったこと
ハリスは、なぜ自分がこの国を率いるべきなのか、説得力のある主張をすることができませんでした。ハリス陣営及び民主党、そしてバイデン・ハリス政権が、有権者が感じている問題を直視せず、その対応策をきちんと示せなかったことが敗因のひとつであると指摘されています。
有権者の多くは、経済の現状、特に日常品やガソリンの価格の高騰に苦しんでいます。また都市部及び都市近郊の治安の悪化に対しても不安を訴えてきました。不法移民による犯罪件数も増えています。これらについは、ハリスは、対策を訴える前に、問題の現状認識を示す必要がありますが、厳しい認識を示すと、4年間のバイデン・ハリス政権がきちんと対応できなかったと思われるため、ハリスにとっては、大きなジレンマを抱えていました。これが次のように表現できると思います。
(2)現職副大統領のハリスは、4年間のバイデン・ハリス政権の責任から逃れることはできなかったこと
ハリスは、大統領選挙の途中からバイデンから引き継ぎました。引き継いだ直後、党を立て直し、女性を結集し、TikTokやInstagramのクリエイターたちを支持するミームで熱狂させ、寄付者から驚くほどの額を集めました。彼女が作り上げた勢いは続いているように見えましたが、トランプに完敗しました。バイデン政権の責任を背負った彼女は有権者に、「自分こそが転換期の候補者だ」と売り込めませんでした。バイデン政権を支えるハリスは、バイデンの政策と異なる政策を打ち出しましたが、具体性はなく、政策を転換する理由も語れませんでした。
(3)ハリス陣営の草の根戦術がうまくいかなかったこと
ハリス陣営は接戦州で組織的に個別訪問をしましたが、特に接戦州の各地域で最も地元の状況を把握している州議会議員、市議会議員等を十分に関与させなかったことが、選挙中も民主党州議会議員や市議会議員から批判されていました。MAGA活動家や億万長者に対抗する草の根活動、そして郊外全域における民主党の強みは、鈍化していきました。接戦州の各地域で最も地元の状況を把握している州議会議員、市議会議員等は、ハリスの選挙運動に十分に関与さてもらっていないことについて、警告していたそうです。ペンシルベニア州の投票日の3週間前、最大の激戦州であるペンシルベニア州ピッツバーグで、ユダヤ系民主党員たちがハリス陣営の関係者と非公開で会合を持ちましした。彼らは、ハリス陣営が組織した草の根活動は十分なものではないと述べ、その不満は他の主要州でも聞かれたそうです。ペンシルベニア州のハリス・チームには主要な州議会議員や市議会議員との関係が欠けていることが指摘されました。フィラデルフィアでは、ラテン系および黒人の民主党員が、選挙日までの数週間に、ハリス陣営と同様の非公開の会合を開き、そこで同じような不満を多く訴えたようです。
(4)ハリス陣営の戦術(less is more)の失敗
ハリスが戦略的に下した選択は、彼女の問題を悪化させました。まず、彼女は自身の政治的プロフィールを明確にする機会を自ら拒否しました。バイデンの不人気が彼女の選挙戦に重荷となっていたにもかかわらず、彼女は説得力のある有権者に訴えるような形で、バイデンと距離を置くことを拒否しました。
同様に、犯罪、移民、医療、気候変動に関する進歩的な立場を放棄した理由を説明することを拒否したことで、彼女に対する一般の人々の認識が曖昧になり、トランプ陣営が彼女を隠れ急進派と非難する余地を与えてしまいました。
例えば、ハリスは、ペンシルベニア州では大きな問題となっているフラッキング(水圧破砕法)の禁止や、ミシガン州では重要な問題となっているクリーンカーの義務化、そして幼少時に米国に連れて来られた不法移民への市民権付与など、彼女が過去に表明した政策の多くと、大統領候補になって表明した政策の間に大きな隔たりがあることについて、詳細な説明や、多くはいかなる根拠も提示しませんでした。彼女は「私の原則は変わっていない」というアプローチを前面に押し出し、それをすべてを包括するものとして位置づけました。
彼女の周囲は、この戦略的決断を支持し、「less is more(過ぎたるは及ばざるがごとし)」と捉え、長々と説明すれば、ニュース・メディアから新たな質問を受けることになり、トランプや共和党が執拗な攻撃を仕掛ける格好の材料を与えることになると判断したようです。しかし、それでは、彼女が過去の自身の主張とこれほどまでに多くの問題で主張が異なっていることについて、国民が依然として疑問を抱いたままとなりました。
選挙戦の最終盤、カマラ・ハリスの選挙キャンペーンでは、集会の大型ビジョンにドナルド・トランプの最も扇動的なコメントを流し、人種差別的で、時には暴力的な暴言を色鮮やかに映し出しました。しかし、それは彼女にとってほとんど何の助けにもなりませんでした。
また、トランプのような億万長者を批判するテレビCMを流しながら、反トランプ派の共和党員を取り込むために億万長者のマーク・キューバンを起用したキャンペーンの決定を批判する声は、民主党内部でもありました。
同じくトランプ派の共和党員を取り込むために、共和党のリズ・チェイニー元議員と多くの何時間を一緒に過ごしたことは、結局何も効果がなかったと批判されています。
(5)バイデンの足かせ
ペロシ前下院議長は、バイデンはもっと早くに潔く身を引くべきであり、そうすれば民主党はハリスが勝利したはずだと述べましたが、これは結果論なので、誰にもわかりません。
ハリスの選挙キャンペーン期間は100日あまりしかなかったことは、ハリスのことをよく知る民主党員たちから見ると、利点であると捉えられていました。イデオロギーが入り乱れた予備選挙や長期にわたる総選挙キャンペーンの厳しさから解放されるという利点があったからです。
ハリスはバイデン大統領の支持率の低さに足を引っ張られ苦労しました。彼女が米国に再び自分自身をアピールする時間は3か月余りしかなく、トランプについてどう語るか、またどの程度語るかについて、最後まで迷い続けていたようです。
インフレと移民という2つの主要な問題に関するバイデンの実績に対する国民の評価は厳しく否定的であり、ハリスはこの不評を継承しました。
そのためハリスは、ジョー・バイデン大統領と何が違うのかを説明しようと苦戦しました。ホワイトハウスで4年間、支持率で低迷している不人気な大統領と自分(ハリス)を切り離すことができないという欠陥であり、それはハリスの選挙戦を破滅させるものでした。
その理由は、数か月にわたる世論調査では、アメリカ国民は圧倒的多数で、(バイデン・ハリス政権の下で)この国が間違った方向に進んでいると信じていると答えていたからです。
ハリスは、自身の政権はバイデンの継続ではないことを強調して選挙戦の終盤を戦おうとしましたが、自身の政策を明確に説明できず、往々にして問題を回避し、認識されている失敗に正面から取り組むことを避けていました。
(6)ハリス陣営のメッセージング戦術の迷い
彼女と副大統領候補のティム・ウォルツは、トランプを「奇妙な人物」や「不真面目な人物」と揶揄しました。当初、彼女はポピュリスト的なメッセージに焦点を当てました。トランプは裕福な友人たちだけを気にかけているが、自分は一般の人々の食料品や住宅の価格を引き下げる、と。そして、選挙戦も終盤に差し掛かった頃、ハリスは再び方向転換しました。トランプは「ファシスト」であると彼女は警告しました。
(7)ハリスの主要ニュース・メディアのインタビューが少なくなかったこと
ハリスは、最初の数週間は、アメリカ人が彼女に対する意見をまだ形成している貴重な時期であったにもかかわらず、インタビューやメディア出演を一切行いませんでした。
このことは、実は致命的でした。なぜなら、アメリカ国民は、ハリスが副大統領であることは知っていましたが、ハリスという人間のことをよく知っているわけではなかったからです。
選挙戦の前半でハリスがメディアのインタビューを避けたことは、彼女が用意された発言に頼り、その場で考えをまとめることを恐れているという印象を与えてしまいました。厳しい質問に答えることは、候補者の能力や人格に対する評価を高めることにつながります。ハリスと彼女の選挙陣営は、このことに長い間気づいていなかったようです。
その後、主要なニュース・メディアのインタビューに応じなかったことについて、メディアから何度も質問を受け、トランプとトランプ陣営から批判を受けるようになりました。ハリスが初めて長時間のインタビューに応じるまでに1か月以上を要し、その後も限られた数の番組や友好的なメディアのみに出演しました。
(8) テレビ討論の少なさ
トランプ対ハリスのテレビ討論は一回のみでした。テレビ討論は全米に中継するため、多くのアメリカ国民が視聴します。テレビ討論が複数回あれば、ハリスは、自身の主張を全国民にもっと売ることができたかもしれません。しかし、台本のない状況を避けてきたハリスにとっては、テレビ討論が一回のみで良かったという声も民主党内にはありました。
(9)トランプに焦点を当て過ぎた?
当初から、ハリスは選挙戦をトランプに対する国民投票にしようとしていました。選挙戦の最終週には、ハリスは元大統領をファシストと呼び、「正気を失い、不安定だ」と警告し、トランプがアドルフ・ヒトラーを賞賛する発言をしたと主張したトランプの元大統領首席補佐官ジョン・ケリーの評価を強調するなど、彼女のレトリックはエスカレートしました。
ハリスは、2024年に選挙戦から撤退する前のバイデンのように、選挙を民主主義のための戦いとして位置づけることにますます傾倒していきました。
あるベテランの世論調査アナリストは、「カマラ・ハリスは、ほぼ完全にドナルド・トランプを攻撃することに焦点を移した時点で、この選挙に負けた」と述べています。要するに、有権者はすでにトランプについて知り尽くしているため、そんなことよりも、多くの国民は、ハリスの政権就任後の計画についてもっと知りたいと思っていました。ハリス自身の考えよりもトランプにスポットライトを当てるという彼女の選挙キャンペーンは、大失敗だったということかもしれません。
中絶の権利を積極的に訴えたハリスは、CNNの出口調査によると、女性有権者の54%対44%という大差で勝利しました。しかし、これは2020年の女性有権者におけるバイデンの57%対42%という得票率よりも少ない差でした。トランプは、ハリスが女性有権者から獲得したのと同じ54%対44%という得票率で、男性有権者の支持をハリスから獲得しました。
トランプを重罪犯としてレッテル貼りすることは、実は、約3分の1が重罪犯歴を持つ黒人男性や、潜在的に説得可能な有権者に対して不協和音を響かせる可能性がありました。調査によると、多くの無党派層の有権者は、トランプの起訴は政治的な動機によるものだと疑っていました。
(10)ハリスの資質の問題:Word Salad
ハリスは原稿に沿って話すときが最も上手く、即興で話すことを強いられると不安定になるようでした。大統領就任後の政策を自分の言葉で国民に説明することが重要でしたが、ハリスはそれが苦手でした。
ハリスは、選挙中、分かりにくいレトリックを駆使して「意味不明」という定評を得てしまいました。例えば、CNNとのインタビューで、ハリスが民主党でも思想的に最左翼と言われながら最近政治姿勢を中道寄りに変えていることにつき聞かれた際、「私の政策の視点や決定において最も重要で最も大きな側面は、私の価値観が変わっていないということです。グリーン・ニューディールについて言及しましたが、私は気候危機が現実であり、緊急の問題であると常に信じてきましたし、その問題に取り組んできました。時間に関する期限を設けることを含め、我々が自らに課す指標を適用すべきだと考えています。」
このような意味がよくわからない発言が多いため、彼女は、「Word Salad」と批判されるようになりました。「ワード・サラダ」とは、「意味不明な言葉の羅列」や「支離滅裂な言葉の並び」のことを言います。8月18日にペンシルベニア州で開かれた集会で、演説の締めくくりに、以下のように述べました。
「私たちの選挙は、この美しい国が世界の中で何を代表しているのか、民主主義としての立場を理解することに関するものです。民主主義として、私たちは民主主義の本質には二面性があることを知っています。一方では、それが保たれているとき、非常に強力です。それが人々に対して、権利を守り、守るために何をするか。非常に強いのです。そして、非常に脆弱でもあります。それは、私たちがそれを守るために戦う意志にかかっています。そして、それこそがこのキャンペーンの目的なのです。(Our election is about understanding the importance of this
beautiful country of ours in terms of what we stand for around the globe as a
democracy. As a democracy, we know there's a duality to the nature of
democracy. On the one hand, incredible strength when it is intact. What it does
for its people, to protect and defend their rights. Incredibly strong. And
incredibly fragile. It is only as strong as our willingness to fight for it.
And that's what this campaign is about.)」
また、CNN主催のタウンホールでは、以下のやりとりがありました。
CNN司会者:
この4年間のあなたの人生、または政治人生の中で、あなたが間違いだと思い、そこから学んだことはありますか? (Is there something you can point to in your life – political life,
or your life in the last four years – that you think is a mistake that you have
learned from?)
ハリス:
私はたくさんの間違いを犯しました。うーん… それは、もしあなたが子どもを育てたことがあればわかると思いますが、たくさんの間違いを犯しますよね!副大統領としての役割においては、私はおそらく問題についてしっかりと知識を持つように非常に努力してきました。それは非常に重要なことだと思います。問題について十分に知識を持たずに、質問に答えなければならないと感じるのは、間違いだと思います。(I mean, I’ve made many mistakes. Umm ... and they range from. If
you’ve ever parented a child, you know, you make lots of mistakes! In my role as Vice President, I mean, I’ve
probably worked very hard at making sure that, umm, I am well versed on issues,
and I think that is very important. It’s a mistake not to be well versed on an
issue and feel compelled to answer a question.)
(11)ハリスの経験不足?
ハリスの政治的基盤と経験は、民主党支持者が多いカリフォルニア州と、2020年の大統領選挙ですぐに撤退した大統領予備選挙だけでした。2020年、バイデンは、その時点でまだ上院議員1期目2年しか務めていないハリスを副大統領に指名しましたが、アメリカ国民のほとんどがカマラ・ハリスという人物を知りませんでした。ハリスは、彼女の人生で選挙運動に多くの時間を費やしたことはありませんでした。また、刑事司法問題以外には、政策に関する専門知識はまったくなかったようです。(ハリスは、サンフランシスコ地方検事を7年、カリフォルニア州司法長官を6年務め、連邦上院議員を2017年から4年間務めまた。)
副大統領としてホワイトハウス入りすると、ハリスは報われない任務(移民問題)を与えられ、それ以外にも民主党の支持層を扱うよう促されました。彼女は、ホワイトハウスで一部のスタッフから信頼を得られず、すぐに多くのスタッフが入れ替わりました。
ハリスは退役軍人連盟の大型行事や農業関連の会議に派遣されたことはありませんでした。中東に関する知識も、ほとんどがブリーフィング資料から得たものでした。
(12)バイデンの支持基盤の構築に苦戦
ハリス陣営は、2020年の勝利を支えたバイデンの有権者基盤を再び結集し、民主党の主要な支持基盤である黒人、ラテン系、若年層の有権者を獲得し、さらに郊外の大学卒有権者の支持をさらに広げることを期待していました。
しかし、彼女はこれらの主要な有権者層で期待を下回る結果となりました。ヒスパニック系有権者では13ポイント、黒人有権者では2ポイント、30歳未満の有権者では6ポイントの減少となりました。
女性の大半はトランプではなくハリスに票を投じましたが、副大統領のリードは、彼女の歴史的な立候補がもたらすであろうと彼女の陣営が期待していた差を上回ることはありませんでした。そして、彼女は郊外に住む共和党の女性票を獲得するという野望を果たすことができず、白人女性の53%を失いました。
最高裁判所が中絶の合憲的権利を覆した後の初の大統領選挙で、民主党は彼女が生殖に関する権利の獲得に焦点を当てることで決定的な勝利を収めることを期待していました。出口調査のデータによると、女性有権者の約54%がハリスに投票したものの、2020年にバイデンを支持した57%には及びませんでした。
2 トランプ勝利の要因
(1)トランプの説明できない魅力
トランプは、20代の頃からニューヨークでは有名な不動産王で、その後、マクドナルドやピザハットのコマーシャルは全米で放映されました。ホームアローン2という映画には、本人役で登場しています。その後、自分のテレビ番組「Apparentice」というリアリティ番組に主演しましたが、この番組は2004年から10年以上続きました。
2016年に大統領になり、今日まで政治の世界で生き残ってきています。通常の法則を覆す能力があることのさらなる証拠でしょうか。
4件の刑事告発、3件の高額な訴訟、34件の重罪での有罪判決、演説中の無謀な脱線発言など、致命的な政治的弱点と思われたものを乗り越え、少なくともそのうちのいくつかを明確な強みに変えています。
2024年の大統領選で彼が勝利した理由は、本質的には次の一点に尽きるかもしれません。すなわち、彼の不満がMAGA運動のそれと融合し、さらに共和党、そして全米の半数以上の国民の不満と融合し得たということでしょうか。被告として撮影された逮捕時の顔写真「マグショット」をプリントしたTシャツは大量に売れました。彼の有罪判決が、1日で1億ドルの寄付金を集めるきっかけとなりました。暗殺未遂事件で出血する彼の姿は、支持者たちが「運命のキャンペーン」と捉えるものの象徴となりました。
「神は理由があって私の命を救ってくれた」と彼は勝利演説で述べ、「私たちは共にその使命を果たすつもりだ」と付け加えました。
トランプは、第47代大統領として自らが統制することになる制度やシステムの一部に対して、何百万人ものアメリカ人が感じていた怒りや不満をうまく利用できたのでしょう。国の方向性に不満を持つ有権者たちは、トランプを怒りの受け皿としたことは間違いありません。
民主党のエリートたちは、自分たちがいかに国から疎外されているか理解できなかったのかもしれません。
(2)選挙参謀スージー・ワイルズの手腕
トランプの勝利は、2024年の大半において、トランプ自身はこれまでと変わらず不安定な状態にあったものの、ベテランの選挙参謀スージー・ワイルズ(次期大統領首席補佐官)によって4年近くにわたってまとめ上げられた、これまでで最も安定した選挙キャンペーン運営陣の戦略的決断によるものが大きかったと言われています。
(3)トランプの広告戦略
トランプ陣営は、最後の広告攻勢に備えて資金を温存する方法を画策し、有権者を動員するための従来の地上戦を放棄し、代わりに、世界一の大富豪であるイーロン・マスクをはじめとするボランティアや外部スタッフに支えられた比較的小規模な有給スタッフに頼りました。
(4)トランプ陣営の男性票動員への賭け
トランプの側近たちは、男性票を動員する賭けに出ました。男性の投票率は女性よりも低いものの、その賭けは功を奏しました。民主党は、トランプにうんざりしている女性たちがアメリカ初の女性大統領を選出してくれると期待していましたが、社会に不満を抱く男性たちがドナルド・トランプの政権復帰を後押ししたようです。
(5)トランプ陣営の黒人やラテン系有権者の動員
民主党の通常の大差を縮めることを試み、それも功を奏しました。
CNNの出口調査によると、ハリスは黒人有権者を86%対12%、ヒスパニック系有権者を53%対45%で獲得しましたが、2020年の選挙では、バイデンは黒人有権者をトランプより92%対8%とより大きな差で、またヒスパニック系有権者を65%対32%で獲得しています。別の出口調査(NBC)では、トランプは、共和党の大統領候補としては過去最高となるラテン系有権者の45%、ラテン系男性の55%の支持を獲得したそうです。
トランプはまた、大学の学位を持たない労働者階級の有権者の基盤を拡大し、ラテン系男性への浸透を助けたようです。
(6) 若者層からの支持の拡大
トランプ陣営は若年成人の票を伸ばせると考え、トランプは、ジョー・ロガン(Joe
Rogan)のポッドキャストなど、若者層を主な視聴者とするポッドキャストに多くの時間を費やしました。実際、2020年の35%から今回は42%に伸ばしました。 この票の伸びのほとんどは、若い男性のトランプ支持へのシフトを反映していることが示唆されているそうです。
(7)トランプの運
トランプは、裁判官が9月の判決を選挙後まで延期したことで、司法制度から1つの救済を得ました。
ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで開催されたトランプの集会で、あるコメディアンがプエルトリコを「浮遊するゴミの島」と揶揄したことは、トランプ陣営にとり致命的な出来事かと思われました、その後、バイデン自身のトランプ支持者に関する「ゴミ発言」によって、コメディアンの問題は影響は鈍化しました。
(8) トランプの信念の強さ
他の政治家であれば、ポルノ女優への口止め料支払いにまつわる34の重罪容疑で有罪判決を受けたことは、立候補者としての最悪の日となったと思います。しかし、トランプにとっては、これが資金調達に弾みをつける結果となりました。小口献金者が24時間で5000万ドルをトランプの資金源に注ぎ込んだのでした。そして、トランプの主要なスーパーPACは、有罪判決の翌日に、アメリカ史上最大となる5000万ドルの献金を得ました。献金者は、隠遁生活を送る大富豪のティモシー・メロンでした。
3 選挙の争点
(1)中絶問題
トランプは、中絶に関する自身の立場を調整することを選び、早い段階で「この問題は各州が独自に決定すべきである」と宣言し、さらに「中絶の全国的な禁止に拒否権を行使する」と公約することで、その立場を強化しました。もちろん、中絶に長年反対してきた多くの人々は落胆し、中には憤慨した人もいました。しかし、トランプは何の代償も払うことなく、福音派の白人の81%の票を獲得し、4年前とほぼ変わらない結果となりました。
実は、トランプは中絶問題について以前から神経質になっていました。彼は、2022年の中間選挙における共和党の不調を、ロー対ウェイド訴訟を覆したドッブズ判決の余波のせいだと非難しました。彼は、中絶問題が政治的に非常に厄介であり、自身の選挙運動を単独で頓挫させる可能性があると見ていたようです。トランプが真剣に検討していた15週または16週の禁止は、11月の勝利に不可欠な「ブルーウォール」州であるペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの3州における現行法よりも厳しいものとなることが分かっていました。報道機関は、トランプの立場を、中絶をめぐってすでに共和党に反旗を翻している女性たちの権利を後退させるものとして執拗に描くだろうと、補佐官からトランプは忠告を受けました。
ミシガン州グランドラピッズに向かう飛行機の中で、トランプは翌週に公開するビデオの台本を書き始めました。中絶問題を各州に委ねるという内容で、何週目までが適切だと考えているかについては言及しないというものでした。これは一部の社会保守派を失望させましたが、民主党がこの問題をトランプに不利に利用することはより難しくなりました。
ハリスは、生殖に関する権利を自身の政策の中心に据えることで、怒れる女性たちの軍団を動員し、記録的な数の女性たちを投票所に動員できると想定していましたが、そうはなりませんでした。女性による投票総数の割合は、2020年の水準からわずかに上昇しただけであり、投票した女性のうちハリスに投票した割合は、2020年のバイデンの水準から上昇することはありませんでした。中絶問題を強調したことが、男性有権者層におけるハリス候補の低調な結果(2020年のバイデンの48%から43%に減少)に少なからず影響したかもしれません。
(2)反トランスジェンダー広告への賭け
9月の討論から約1週間後、トランプは、トランスジェンダー受刑者の手術費用に税金を使うという、一見して不明瞭なトピックに関するハリスの立場を厳しく批判するテレビ広告に多額の費用を投じ始めました。「刑務所内のトランスジェンダー受刑者は全員、手術を受けられるでしょう」という広告で使用された2019年のクリップでハリスは語りました。トランプは選挙戦で最も際立った2つの問題、すなわち経済と移民問題で優勢に立っていたにもかかわらず、ここでわざと話題を変えたのでした。
この広告は「カマラは「彼ら/彼女ら」の味方。トランプ大統領は「あなた」の味方」という鮮明なキャッチフレーズで、トランプの試みにおいて、一部の側近を驚かせるほど大きな成果を上げました。
そこで彼らはさらに多くの資金を広告に注ぎ込み、フットボールの試合中に放映したところ、黒人リスナーに人気の番組『ブレックファスト・クラブ』の司会者チャラマニ・サ・ゴッドが苛立ちを露わにしました。そして、彼のオンエア中の苦情が、トランプ陣営に新たなCMのネタを提供しました。視聴者がこの広告を見た後、トランプの支持率は2.7ポイント上昇しました。
反トランスジェンダー広告は、トランプの主張の核心を突きました。すなわち、ハリスは「危険なほどリベラル」であるという主張です。これは、彼女のチームが最も懸念していた弱点を正確に突いたものでした。トランプ陣営によると、この広告は黒人やラテン系の男性に効果的であっただけでなく、女子スポーツのトランスジェンダー選手を懸念する可能性のある穏健派の郊外在住の白人女性にも効果があったそうです。彼女たちは、ハリスが中絶に関する広告で動員しようとしていたのと同じ郊外在住の女性たちでした。
トランプ陣営にとって、トランスジェンダー攻撃は、ハリスがカラフルなブラウスとピンクのパンツを着て笑ったり踊ったりしている姿を映した他の広告とともに、トランプのより大きな目標に合致するものでした。それは、彼女を軽薄な人物に見せることでした。
トランプはすでに重罪犯として立候補していました。トランプ陣営の目には、トランスジェンダーの広告は彼女を不真面目で愚か、政治の主流から外れた人物に見せるものだったわけです。
4 戦術の違い
(1)草の根戦術
トランプは、従来の選挙運動や政党の資金による現地活動を廃止し、代わりに実績のないスーパーPACに委託しました。これは、連邦選挙委員会の裁定により、大統領候補者は初めて億万長者が出資するスーパーPACと連携することが認められたためできたことです。
ハリス陣営は数ヶ月をかけて2500人のスタッフを雇用し、激戦州に358の事務所を開設していた。これは膨大な固定費であり、トランプ陣営が負担する必要のない費用である。ハリス陣営は、最後の週末には、約9万人の民主党ボランティアが300万以上のドアをノックし、ペンシルベニア州では一時的に1分間に1000の個別訪問するペースに達しました。
世論調査では、この選挙戦は現代史上最も接戦の1つであることが示されていました。ハリス陣営は、自分たちの優れたインフラと信奉者の軍団が違いを生み出すと信じていましたが、現実は、接戦州は、トランプが全勝しました。
(2)トランプに焦点を当てるか否か
前大統領のバラク・オバマは、ジョージア州クラークストンで行われたハリスの演説を練り直し、彼女の最後の演説に、より多くの彼女の経歴を盛り込み、トランプに焦点を当てる部分を減らすよう促しました。
候補者交代後、デラウェア州ウィルミントンのハリス陣営本部では、短期決戦の選挙戦を戦うにあたり、ハリス副大統領がトランプ前大統領をどのように攻撃すべきかについて、幹部らが議論を続けていました。戦略グループは、9月と10月にこのテーマについて3回の会議を開催しました。
当初の予測では、有権者はトランプについて知れば知るほど嫌悪感を抱くだろうと言われていましたが、トランプの支持率は上昇していました。
ハリス陣営の世論調査担当者は、「危険」というレッテルを貼ることを強く求めていたようですが、それはトランプがハリスをイデオロギー的に決めつけようとしていたことと響き合っていました。しかし、この考えには、ジェン・オマリー・ディロン選挙対策本部長をはじめとする反対意見もありました。2016年にはヒラリー・クリントンがトランプを「危険なドナルド」とレッテル貼りしようとしましたが、その戦術は失敗に終わったからです。
数週間にわたる協議は、ハリス陣営の参加者の一部をいらだたせ、決定できないことに疲れ果てさせたようです。最終的に、彼らは「3つのU」というキャンペーン関係者の表現に同意しました。
Unhinged(正気を失った)、Unstable(不安定な)、Unchecked(抑制されない)。
そのキャッチフレーズをフィーチャーした広告がすぐに登場しました。しかし、民主党の同盟者はすぐに、トランプの性格に焦点を当てることについて疑念を呈し始めました。
共和党員たちは、トランプをファシスト呼ばわりしても、誰も説得できないと主張しました。それは、共和党員は、トランプを4年間大統領として選んでおり、トランプがナチスではないことは知っているからというのが主な理由でしたと。
(3)ハリスのセルフ・イメージ戦略と大失態
10月初旬までに、トランプ陣営は数週間にわたってハリス候補が自らを「変革の候補者」として描こうとする努力を弱めるよう試みていました。トランプ陣営の内部調査では、8月にハリス候補が自らを「変革の担い手」として描くことに成功していることが示されていました。彼女は「新たな前進」というスローガンを定め、史上最年長の大統領選出馬を目指すトランプに対して、世代間の対立を強調していました。これは、彼女が立候補した初期の数週間の間、トランプ陣営にとって最も懸念すべき調査結果のひとつでした。
しかし、ハリスの最大の失態と広く見られているのは、トーク番組「ザ・ビュー」で、バイデンとどう違うのかをうまく言えなかったことです。ハリスは、現職大統領のジョー・バイデンと違ったことをしていたらどうなっていたかという質問に対する彼女の回答は、「思い浮かぶものはないわ」と答え、民主党を凍らせました。
ハリスの発言を聞いたトランプ陣営の顧問たちはグループテキストで歓喜したそうです。 ハリスがこのような予測可能で戦略的に重要な質問に対する即答を用意していなかったことに、彼らは驚愕しました。トランプと副大統領候補のオハイオ州選出上院議員JD・バンスは、集会でハリスの対応を執拗に嘲笑しました。
その日の午後までに、最大1000万人の有権者の携帯電話に、そのクリップを収めたテキストメッセージが配信されました。テレビ広告でも、その数週間後にはさらに数千万の視聴者に放映されました。
ハリスの選挙キャンペーンは、すでに最終演説の場所を発表していました。その場所は、2021年1月6日にトランプが議事堂を越境した群衆を煽り立てた場所である「エリプス」でした。そして、それは彼女の意図を示唆していました。
オバマはハリスに、最終弁論に自身の経歴をより多く盛り込み、自分がどのような大統領になるかを伝えるために、自身の経歴を語るよう促しました。
また、オバマは、かつて自分のスタッフであった、ハリスのスピーチライターであるアダム・フランケルとも話をしました。その結果、トランプを批判する内容の割合は最終的に縮小しました。
選挙戦最終日曜日の夜、ミシガン州イーストランシングでの集会で、ハリスはトランプについて一度も言及しませんでした。選挙集会でトランプの名を言及しなかったのは、これが初めてでした。
(4)ジェンダーに対する対応の差
トランプのジェンダーに対するアプローチは、ハリスとはこれ以上ないほど異なっていました。トランプ陣営のデータは、最も高い得票率が得られるのは、投票に行かないグループであることを明確に示していました。インフレに苦しみ、左派のイデオロギーに幻滅し、自国に悲観的なヒスパニック系や黒人の男性を含む若い男性です。
トランプ陣営は、候補者の時間を含む限られたリソースを、こうした若い男性たちとのコミュニケーションに費やし、極端な男らしさのイメージを前面に押し出しました。有罪判決を受けた後、彼が最初に選挙キャンペーンを行ったのは、総合格闘技のイベントでした。
ジェームズ・ブラウンの「It’s a Man’s Man’s Man’s World」が流れる中、共和党全国大会に登場しました。
主流メディアのインタビューには比較的時間をかけず、代わりに男性コメディアンや、「男気のある」パーソナリティたちとのポッドキャストのインタビューを数多く収録しました。
実は、トランプの末っ子で、今回初めて投票した18歳のバロン君は、他の若い男性層にアピールするために、従来の主要メディアからポッドキャストに方向転換するよう父親のトランプを後押ししたそうです。バロン君は、若い男性有権者を意識して、選挙参謀のアレックス・ブルースウィッツと協力し、多くのフォロワーを持つ影響力のある男性ポッドキャスターを優先したそうです。バロン君の勧めにより、トランプは、Barstool Sportsの「Bussin’ With The Boys」などの番組や、コメディアンであるアンドリュー・シュルツ、テオ・フォン、そしてプロレスファンにはアンダーテーカーとして知られるマーク・カラウェイがホストを務める番組に登場しました。
その中には、ジョー・ロガンとの3時間のポッドキャストがあり、YouTubeで4500万回以上再生され、ローガンは選挙前夜にトランプを支持することを表明しました。
選挙戦の最終盤には、イーロン・マスクのような側近や支援者が、男性に対してトランプに投票するよう明確に呼びかけました。
ハリス・チームも、中絶に関するロー対ウェイド事件の判決が覆された後の初の国政選挙で女性たちを動員しようと、共和党が厳格な中絶禁止法を制定した州で悲惨な医療緊急事態に見舞われた女性の体験談を紹介するなど、同様に懸命な取り組みを行いました。ミシェル・オバマは、女性の利益のために投票するよう熱弁を振るいました。また、妻たちに夫の意見を無視するよう促す取り組みも行われ、女性用トイレに「あなたの投票は秘密です」と書いた付箋が貼られました。女優のジュリア・ロバーツは、投票箱は女性がまだ自由に選択できる最後の場所であると呼びかける広告を録画しました。
これに対し、トランプは驚愕しました。「投票先を夫に言わない妻がいると想像できるのか?そんなことを聞いたことがあるのか?」と、Foxニュースで語りました。
5 結語
(1)民主党の非難は、選挙日の終了を待たずに始まりました。ハリスは慎重すぎた、あるいはバイデンと完全に決別すべきであった、という意見が多かったようですが、トランプの勝利は全体的に見て決定的なものであり、ハリスにできることはほとんどなかったのかもしれません。
(2)有権者は、いくつかの重要な問題について、明らかに右寄りの考えに傾きました。それらの問題は、特に移民問題とインフレ問題であり、今回の選挙を左右する重要な問題でもありました。おそらく、民主党の候補者が勝利することは不可能だったのかもしれません。
(3)実際、大統領選への3回目の出馬であり、9年間にわたってアメリカの政治の表舞台に立ち続けてきたトランプは、共和党の現職でない候補者としては今世紀初めて、選挙人投票だけでなく、得票数でも勝利を収めることになりました。
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